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サイエンスレクチャー2022「え?身近な原生生物がこんなにも〇〇!?」を開催しました<後編>

6月18日(土)、北海道旭川北高等学校にて「サイエンスレクチャー2022『え?身近な原生生物がこんなにも〇〇!?』」が開催され、旭川市の高校生34名が参加しました。知られざる原生生物の世界を、電子科学研究所 中垣 俊之教授の研究チームが講義と観察を通して紹介しました。<前編>では、原生生物の基礎知識についての講義や、観察の様子をお伝えしました。<後編>では、研究に関するレクチャーの内容をお届けします。

テトラヒメナは壁を滑り降りる?
動きの原理を画像で解析

電子科学研究所 西上幸範助教は、2021年に論文を発表した、「テトラヒメナ」の動きの研究を紹介しました。テトラヒメナは、水中に生息する繊毛虫の一種です。体に生えている繊毛を動かし、流れを生じさせて移動します。

スイクダムシ(中央の丸い生物)に捕食される2匹のテトラヒメナ(提供:谷口篤史(電子科学研究所 博士研究員))

「教科書には『繊毛虫は水中を泳ぐ』と書かれているんですが、テトラヒメナを捕まえて観察すると、実際はほとんど泳いでいない。エサが豊富な底のほうにずっといるんです。脳もないのにそんな生きるための行動をしているのを不思議に思って、もっとよく観察しました。すると、水槽の壁にぶつかって、壁に沿って底へと滑っていく様子が見られました。一見当たり前に感じる動きですが、コンピュータ上でこの動きを再現しようとしても、上手くいかない。壁にぶつかるとシュっと壁から離れてしまう。そこで、もう一度観察に立ち返ると、壁に当たった側の繊毛は動きが止まり、水を搔けていないことがわかりました。コンピュータ上でも計算式を変えたところ、再現に成功しました。これまで他の研究者は追及してこなかった、池の底に集まるテトラヒメナの習性を、『壁にぶつかると繊毛の運動が止まり、水の流れがなくなることで底にとどまっている』と説明を付けられたことが嬉しくて、研究がまとまったときはすごく興奮しました」と、西上助教。

電子科学研究所 西上幸範助教

こうした研究には、画像解析が役立てられてています。「撮影したテトラヒメナのデジタル画像を拡大していくと、いくつもの四角が並んでいて、暗い場所には小さい数字、明るい場所には大きな数字が入っていることがわかります。細胞は明るく映るため、大きい数字を選んで抜き出すことで、テトラヒメナの動きが追えます。画像解析と聞くと難しく感じるかもしれませんが、数字の並んだ二次元のマップから対象物を抜き出し、さまざまな数式を駆使して距離や時間などの欲しい情報を求める、いたってシンプルな方法です」。

粘菌が迷路を解く?
原生生物の情報処理アルゴリズムを追求

電子科学研究所 中垣 俊之教授の研究対象は、「(真正)粘菌」。名前に「菌」と付きますが、菌類ではなく、アメーバの仲間です。粘菌も、もちろん単細胞生物です。しかし、不思議なことに分裂して複数の個体になったり、他の個体と合体したりするため、細胞内に核をたくさん持っています。さらに、粘菌にはライフサイクルに合わせて姿を変えるという、なんとも奇妙な性質があります。中垣教授が調べているのは、自在に形を変えながら動きまわる、ネバネバした「変形体」と呼ばれる状態の粘菌です。変形体は合体を繰り返して、数メートルにまで巨大化することもあるといいます。

中垣教授の研究対象である、真正粘菌の一種モジホコリの変形体。点在している粒のような塊は、エサのオートミール。左側にもオートミールが敷き詰められている

粘菌の変形体は、細かく枝分かれした無数の“管”からなっています。管の中には栄養や信号が活発に流れていて、それらの輸送量が多い部分は太くなり、そうでない部分は細くなり、やがて消失します。また、粘菌はこの管の伸ばし方を変えることで、過ごしやすい場所へと移動しています。「学生時代に所属していた研究室で変形体を飼っていて、毎日エサのオートミールをあげながら、寒天の底じきの上で世話していました。ある時、散らばったエサを結ぶように管を伸ばしていることに気づき、この管はどんなメカニズムで結ばれているのだろうと興味が湧きました」と、中垣教授。

粘菌を観察する高校生たち

「二つのエサを離して置いてみると、ほとんどの場合、まっすぐに最短距離でエサを結ぶことがわかりました。今度はもう少し複雑にしようと思い、“迷路”を用意して、粘菌を迷路内のあちこちに配置してみました。やがて粘菌は動き出し、くっつき合って、数時間後に迷路全体を覆いました。入口と出口にエサをセットすると、粘菌は徐々に行止まりの経路から撤退し、エサのある方向に管を伸ばし直します。最後は、入口と出口のエサを最短で結ぶ経路に、太い管が通りました。粘菌は迷路を解くことができたのです」。この論文は、2000年にイギリスの科学誌“Nature”に掲載され、2008年には「人々を笑わせ、考えさせてくれる研究」に贈られる、イグ・ノーベル賞に輝きました。

迷路を解く粘菌。(左から順に)①迷路全体を覆う。②入口と出口にエサを置くと(左下と中央下の濃い黄色の部分)行止まりの経路から徐々に撤退。③入口と出口を最短距離で結ぶ
(©Nakagaki et al.(2000), Naturehttps://www.nature.com/articles/35035159))

「迷路の実験で、粘菌は管の流れの量を変えることで少しずつ管の太さを変化させ、その地道な作業を繰り返すことで、2つのエサ場を最適なルートで繋ぐことがわかりました。この局部的な性質が、エサ場をもっと増やした場合、全体として効率的なルートを考えるのにも役立つかという疑問が生まれました」。そこで、中垣教授は寒天に関東地方の地図を描き、主要都市にエサを置いて、粘菌を放ちました。山や川、海などがある場所には、粘菌が嫌う光を当てておきます。すると驚くことに、粘菌は首都圏のJR路線図と非常によく似たネットワークを形成したのです。「場所場所で流れに対してその都度太さを変えていくことによって全体としていい答えを導けるという、ちょっと変わったアルゴリズムであることがわかりました。こうした原生生物の情報処理の仕方について研究を続けていき、生き物はどのような手順や手法で思考するのかという謎を解くカギになればと思っています」。この研究成果により、2010年、2度目のイグ・ノーベル賞を受賞しました。

関東地方の地図上にネットワークをつくり出した粘菌
(©Takagi et al. (2010), Sciencehttps://www.science.org/doi/10.1126/science.1177894))

最後に、「今日の講義と観察を通して、原生生物に対する皆さんのイメージはどう変わりましたか。イベントタイトル『え?身近な原生生物がこんなにも〇〇!?』の『〇〇』に当てはまる言葉を考えてみてください」と中垣教授が呼びかけると、参加者からは「賢い」「尊い」「映える」などの声が上がりました。

参加者に語りかける電子科学研究所 中垣俊之教授

イベント終了後、参加者の田邉裕盛さん(北海道旭川東高等学校2年)に感想を聞くと、「ふだんは化学部で電池をつくったりしているのですが、生物にも興味があったので参加しました。中垣先生の粘菌の研究は先生の本を読んで知っていたので、より詳しい話が聞けて、質問にも答えていただけて、嬉しかったです。初めて観察した原生生物は、とても可愛かった。目では見えないところに、こんなにも多様な生物がいると知って感動しました。大学でこういう研究を詳しくやってみたいなと思いました」と話してくれました。

(創成研究機構 研究広報担当 菊池 優)

 

サイエンスレクチャー2022「え?身近な原生生物がこんなにも〇〇!?」

日時:2022年6月18日(土)13時00分~15時45分
会場:北海道旭川北高等学校 理科室
主催:北海道大学、読売新聞北海道支社
共催:北海道大学 電子科学研究所、文部科学省 科研費 学術変革領域研究(A) ジオラマ行動学
後援:札幌市教育委員会

※サイエンスレクチャーは、北海道大学と読売新聞社との包括連携協定のもとに開催しています。

 

参考文献

T. Ohmura, Y. Nishigami, A. Taniguchi, S. Nonaka, T. Ishikawa, M. Ichikawa (2021), “Near-wall rheotaxis of the ciliate Tetrahymena induced by the kinesthetic sensing of cilia(繊毛虫テトラヒメナが示す壁付近で走流性は繊毛のメカノセンシングにより実現される)”, Science Advances, Vol.7
https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.abi5878

T. Nakagaki, H. Yamada, A. Tóth (2000), “Maze-solving by an amoeboid organism(アメーバ生物による迷路解き)”, Nature, Vol.407, 470
https://www.nature.com/articles/35035159

A. Tero, S. Takagi, T. Saigusa, K. Ito, D. P. Bebber, M. D. Fricker, K. Yumiki, R. Kobayashi, T. Nakagaki (2010), “Rules for Biologically Inspired Adaptive Network Design(生物学的適応ネットワーク設計のためのルール)”, Science, Vol.327, 439-442
https://www.science.org/doi/10.1126/science.1177894

 

【関連リンク】

サイエンスレクチャー2022「え?身近な原生生物がこんなにも〇〇!?」を開催しました<前編>

中垣研究室ウェブサイト