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リュウグウのかけら 太陽系初期の記憶を残す、地球史上もっとも“新鮮”な手がかり

はやぶさ2が持ち帰った小惑星リュウグウのかけらが創成研究機構に届いてから、約1年が経った6月10日。アメリカの科学誌『Science』に、創成研究機構/大学院理学研究院 圦本尚義(ゆりもと ひさよし)教授率いる初期分析・化学分析チームの研究成果が掲載されました。研究チームは、試料に含まれる元素の種類と比率を調べる「化学組成分析」、「同位体分析」を行いました。これらの分析には、世界で当機構にしかない同位体顕微鏡も用いられています。その結果、リュウグウは「CIコンドライト」と呼ばれる、イヴナ型の炭素質隕石で構成されていることがわかりました。太陽と同じ化学組成を持つとされるCIコンドライトは、太陽系を構成する物質の平均値を知るための重要な手がかりとして様々な研究に使われてきました。――ところが。「私たちがこれまで手にしていたCIコンドライトは、実はものすごく汚染されていたことが発覚し、衝撃を受けました」と圦本教授は話します。化学分析から見えてきた、リュウグウと隕石の関係について、論文の内容を詳しくお伝えします。

論文が掲載される前日に居室にて笑顔を見せる、北海道大学 創成研究機構/大学院理学研究院 圦本尚義教授。左奥にはリュウグウとはやぶさ2のレプリカが見える

はやぶさ2のミッションは「C型小惑星」と隕石の関係を明らかにすること

2010年に小惑星イトカワから帰還した初号機はやぶさは、隕石のもとが小惑星であることを実証しました。地球で見つかっている約7万個の隕石のうち約80%を占める「普通コンドライト隕石」の由来が、「S型小惑星」であることを明らかにしたのです。S型小惑星とは、ケイ酸塩を多く含む小惑星のグループを指します。今回のはやぶさ2の目的は、「C型小惑星」であるリュウグウのかけらを採取し、隕石との関係を調べること。C型小惑星は炭素質に富んだ天体で、小惑星帯の約75%を占めています。初号機の発展的なプロジェクトとして期待が寄せられていました。

リュウグウ表面にタッチダウンするはやぶさ2のイメージ図(イラスト:池下章裕)

 

リュウグウは太陽系の標準物質「CIコンドライト」でできていた

研究チームは、まずリュウグウ試料に含まれている元素が、それぞれどのくらいの比率で存在しているかを調べました。すると、炭素質隕石の一種であるCIコンドライト中の元素の比率とほぼ同様に存在していることがわかりました。「炭素質隕石がC型小惑星のかけらであることは予想していました。ただ、その具体的な種類は分析するまでわからなかったので、CIコンドライトと判明したときはとても面白かったです」と、圦本教授。

リュウグウ試料の元素存在度。直線はCIコンドライトの値を示しており、1.0より上(下)の点はCIコンドライトより多量(少量)に含まれる元素。各元素のばらつきは、各分析に用いることができた試料量(約30mg)が小さかったための試料間の不均一性によるもの。この不均一性を考慮すると、その平均値は分析した全元素に渡りほぼ水平線の上に乗っており、CIコンドライトと同じ濃度比を持っていることを示す。Ta(タンタル)の値が突出して高いのは、サンプリング時に用いたタンタル製弾丸による汚染のため。(©Yokoyama et al., Science, June 9, 2022の図を改変)

CIコンドライトが太陽系が形成されたころの物質を知る手がかりである理由は、その“状態”にあります。月や地球などの惑星と呼ばれるものはすべて、熱などの影響により、形成時の物質が核やマントルといった層状に分かれてしまっています。一方、CIコンドライトは形成以降、物質がほとんど変化せず混ぜ合わさった状態を保っていたため、太陽系がつくられたころの化学組成がそのまま残っていると考えられていました。しかし、CIコンドライトは非常に珍しい隕石で、これまでにたったの9個しか見つかっていませんでした。JAXAが実施したメディア向けの論文説明会では、東京大学の橘 省吾教授が、「小惑星帯の大半をC型小惑星が占めているのに対し、そのかけらであるCIコンドライトが地球にほとんど落ちてきていないということは、大気圏がフィルターのような役割をしている可能性があります。CIコンドライトはとても脆いので、地球に届く前に流れ星になってしまっているのかもしれませんね」と解説していました。今回の研究により、太陽系の歴史を辿るうえで重要かつ希少な隕石が、リュウグウのような天体からやって来ていることが明らかになったのです。

 

実は汚染されていたCIコンドライト リュウグウ試料が新たな基準に

さらに、リュウグウ試料を電子顕微鏡で観察したところ、主な構成鉱物は水を含む粘土鉱物で、その他に炭酸塩鉱物、硫化鉄鉱物、酸化鉄鉱物が含まれていることがわかりました。また、リュウグウの水分量は、全体の質量を100%とすると約7%であることも明かされました。液体としての水ではなく、約6.5%が水酸(OH)基として存在していましたが、水分子(H2O)も約0.5%確認されました。

電子顕微鏡で見たリュウグウ試料の構成鉱物。この図上で認識できる鉱物はすべてリュウグウの母天体上で水質変成によりできた二次鉱物(©Yokoyama et al., Science, June 9, 2022の図を改変)

「CIコンドライトは13%~20%の水を含んでいますから、リュウグウと比べると倍以上の量ですね。今回リュウグウ試料との比較に使われたCIコンドライトは、80年ほど前に地球に落ちてきたもので、イギリスの大英博物館で大切に保管されていました。しかし、その間にどうやら地球の水を吸ってしまったようです。多い分はそれが原因だと考えられます」と、圦本教授。他にもCIコンドライトには、地球上で汚染されてできたと思われる物質が含まれており、それらはリュウグウ試料には見られなかったと言います。これはつまり、太陽系初期の標準物質として研究に役立てられてきたCIコンドライトが、実は当初の姿から大きく変わってしまっていたことを意味します。汚染されていない新鮮な状態のリュウグウ試料が、新しい基準として取って代わることとなったのです。

リュウグウ試料のレプリカ。左が原寸大、右が10倍に拡大したもの
CIコンドライト(写真提供:圦本尚義)

 

同位体顕微鏡で明かされた リュウグウ誕生の歴史

今回の研究では、リュウグウがどのようにして生まれたのかも明らかになりました。圦本教授は、「約46億年前の太陽系が誕生したばかりのころに、岩石と氷の微粒子からリュウグウのもととなる母天体がつくられました。それから約500万年がたったころ、母天体の氷がとけ、約40度の温泉が湧き、今のリュウグウを構成している鉱物がつくられたと考えられます。その後、衝突により母天体が壊れ、リュウグウが生まれました」と説明します。こうした分析には、当機構の同位体顕微鏡が活躍しました。鉱物の酸素同位体比を調べると、具体的な年代と温度を測定することができるのです。また、リュウグウは太陽系誕生の約500万年後から今日までの間、100度以上の高温にさらされていないこともわかりました。これは、当時の物質が熱の影響を受けずに残っていることの裏付けになります。

圦本教授が開発した同位体顕微鏡(写真提供:広報課 学術国際広報担当)

このようにして、リュウグウ試料は太陽系初期の記憶をふんだんに残しているとともに、人類がこれまで手にしたどの隕石よりも新鮮な状態を保ったものであることがわかりました。「太陽系の標準物質を覆す結果が出たので、ある意味、惑星科学のターニングポイントになるような研究成果を残せたのではないかと思っています。私の一番の興味である、太陽系の起源についても考え直さないといけないですね」と、圦本教授は笑顔で話していました。

(創成研究機構 研究広報担当 菊池 優)