【特定研究部門】 ナノテクノロジー・材料系
寺倉 清之 教授
創成科学研究機構
ミクロの世界へのアプローチ:第一原理分子動力学法
ナノテクノロジーが象徴するように、技術の進歩とともに、よりミクロの世界の現象の解明、それらの現象を利用した機能の発見と制御が求められるようになっている。ミクロの世界を支配する物理法則は量子力学である。我々が主として用いる手法は、「第一原理分子動力学法」と呼ばれており、電子の量子力学的振る舞いを調べることを出発点として、無機・有機物質や生体の物理・化学的性質の解明と予測に取り組んでいる。図1は、第一原理分子動力学法での作業の流れを示す。
見えないものを見る
ミクロ世界を探る実験技術の進歩も目覚しいが、それでもなお、実験だけで全てをカバーすることはできないので、理論シミュレーションと実験の連携が重要である。理論シミュレーションの特徴として、特に「実験では見えないものを見る」という側面を強調したい。例えば、次のような問題はその例である:
- STMで見ているものは何か。STMで見られる像は、ある範囲のエネルギー状態にある電子の空間分布に対応しており、必ずしも原子の位置に対応していない。STM像の解釈には理論計算が必須である場合が多い。
- 溶液の中の原子の動的振る舞いを、個々の原子について調べることは実験では極めて困難か、殆ど不可能である。
- 極端な物理的条件下(高温、高圧、その他、危険な環境)にある系の情報を実験で得るのは困難である。
- ミクロの空間での超高速の現象、特に個々の電子の振る舞いを実験で調べるのは困難である。
研究例
[3-1]
Si 表面でのGe 量子ドットの側面の構造:この側面は(105)面からなっている。図2は従来の構造モデルと我々の新しいモデルとで得られるSTM像と、実験で得られた STM像を示している。我々の構造モデルは実験のSTM像を正しく再現しており、エネルギー的にも従来のモデルよりもずっと安定である。
[3-2]
超臨界水の物理と化学:合成繊維ナイロン6の原料として工業的に重要なεカプロラクタムの合成は通常は強酸を触媒にするが、環境への負荷、不用な副産物の生成などの問題がある。ところが、超臨界水の中では、シクロヘキサノンオキシムからεカプロラクタムの合成が、効率的にかつ副産物の生成を伴わないで行われることが実験で示された。理論解析により、超臨界水のどのような物理的特徴が反応の効率と選択性に効いているのかが明らかになった。図3は、反応の初期過程のスナップショットを示す。