マルチスケール安定同位体イメージング
 
医学研究院 教授 工藤 與亮

写真右が工藤教授(撮影:PRAG 中村 健太)

研究の背景と目的

脳は病理学的にリンパ管がない臓器であり、老廃物の除去システムはずっと未知のままでしたが、近年、脳内のリンパ系システムとして「glymphatic system」が提唱されています。血管内から細胞外液、脳脊髄液などを水が循環し、様々な老廃物を脳内から除去することが想定されており、アルツハイマー型認知症を初めとして、様々な疾患の病態に関与していることが明らかになってきました。これまでは主に蛍光標識した物質での研究がされてきましたが、glymphatic system の本態は水の動きであり、glymphatic system の真の機能を解明するためには水分子そのものを追跡する必要があります。しかし、水分子のような小さな分子は蛍光標識などの手法が使えず、同位体ラベルしか方法がありませんが、放射性同位体による標識には半減期という制限があります。

我々は酸素の安定同位体である O-17 標識水分子を用いた脳内の水動態の解明に挑んでおり、北大にある世界唯一の同位体顕微鏡でのミクロレベルでの水分布、そして MRIでのマクロレベルでの動態解析を組み合わせることで、glymphatic system における水動態を解明します。世界中でみても、水分子そのものの動態を解明した研究は皆無であり、北大でのみ行える独創性の高い研究です。

水分子による解析基盤を構築し、さらに O-17 以外の安定同位体も利用し、糖やアミノ酸などの蛍光標識が困難な様々な小分子へ発展させ、世界に先駆けたマルチスケール安定同位体イメージング解析基盤を北大発で構築します。

研究内容

正常動物での MRI マクロイメージング

O-17 標識水分子を正常動物に投与し、経時的に MRI 撮像(間接法)を行うことで正常の水動態を解析します。投与経路は静脈内投与や髄腔内投与とし、前者では血管から脳実質、脳脊髄液への移行を観察し、後者では脳脊髄液から脳実質への移行を観察することで、水動態の経時的全体像をマクロレベルで明らかにします。

正常動物での同位体顕微鏡ミクロイメージング

O-17 標識水分子を正常動物に投与し、時間差で作成した顕微鏡標本を同位体顕微鏡で観察することで、経時的な水分布変化をミクロレベルで明らかにします。血管や脳脊髄液から細胞外液、さらに細胞内への水分布を観察することで、水動態の経時的変化をミクロレベルで明らかにします。

アクアポリン(AQP)ノックアウト動物での検討

細胞膜にある水分子の選択的チャネルであるアクアポリン(AQP)をノックアウトした動物にて同様の検討を行い、細胞膜を水分子が通過できない状況での水動態をマクロレベル及びミクロレベルで解明することで、水動態における AQP の生理的機能を解明します。それに基づき、脳浮腫や血管透過性異常のような病態における水動態を解明します。

疾患モデル動物での検討

脳内の水動態と関連していることが明らかになりつつあるアルツハイマー型認知症や、血管透過性が関与していることが報告されている筋萎縮性側索硬化症などのモデル動物を用いて同様の検討を行い、これらの疾患における水動態の変容を明らかにします。水動態の解析に基づく画像バイオマーカーとしての役割を見出し、早期診断や治療介入における有用性を見出します。

水分子以外への発展

グルコースやマルトースなどの糖分子に O-17 をラベルし、糖代謝のイメージング技術を開発します。マクロレベルでの糖代謝に加えて、細胞内のミクロレベルでの糖代謝をイメージングとして解明します。さらに、O-17 以外の安定同位体を用いた様々な分子のラベルに挑戦し、蛍光標識が困難な様々な小分子の解析へと発展させます。

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研究チーム構成

  • 医学研究院 教授 工藤 與亮(代表)
  • 医学研究院 准教授 平田 健司
  • 医学研究院 特任助教 清水 幸衣
  • 歯学研究院 助教 亀田 浩之
  • 遺伝子病制御研究所 准教授 北條 慎太郎
  • 創成研究機構 助教 坂本 直哉
  • 慶應義塾大学 医学部 助教 石川 智愛
  • 九州大学 カーボンニュートラル・エネルギー国際研究所 准教授 内田 竜也
  • 実験動物中央研究所 ライブイメージングセンター 室長代理 小牧 裕司
  • 量子科学技術研究開発機構 分子イメージング診断治療研究部 グループリーダー 小畠 隆行
  • ニューヨーク大学 バイオメディカルイメージングセンター 准教授 Seena Dehkarghani

実績報告

関連リンク