天然物に類似した合成低分子群による 細胞機能制御

【流動研究部門】未踏系

大栗 博毅 准教授
創成研究機構 研究部

化学生物学:低分子化合物を活用し、生命現象を解き明かす。

フグ毒テトロドドキシン、ステロイドホルモン、免疫抑制剤FK506 等に代表されるように、標的タンパク質と相互作用して生物を攪乱する低分子化合物が、しばしば生命科学・医科学研究の突破口を拓いてきました。化学生物学(ケミカルバイオロジー)では、低分子化合物を細胞や生体に直接投与して低分子の作用点を明らかにし、関連する細胞内シグナル伝達経路を解明します。近年、古典遺伝学の“変異”を“低分子リガンド”に置き換える化学生物学研究をより系統的に展開し、一般化するケミカルジェネティクス、ケミカルゲノミクスが誕生しました。

多様性指向型合成:三次元構造多様性に富んだ生理活性低分子群を創製するには?

化学生物学研究をゲノムワイドで系統的に展開していくためには、無限の組み合わせが可能な低分子リガンドの三次元化学構造の小宇宙、即ち“ケミカルスペース”を新たに探索し、開拓する必要があります。そのため、質・量ともに充実した新規低分子ライブラリーの構築とその生理活性の評価が化学生物学研究発展の鍵を握っています。残念ながら現状では、標的とした生体高分子の機能を変調する低分子リガンドの知見は依然貧弱なもので、急速に解析が進んでいる生体高分子の三次元構造情報とのギャップが広がりつつあります。従来、生理活性低分子の発見には、天然物の探索研究が殆ど唯一のアプローチでした。天然物の探索は大変重要な意義を持つのですが、長い時間と多大な労力を要することが研究の障害となっています。そこで私たちは、有望な生理活性天然物を構造モチーフとした多様性指向型合成に取り組んでいます。すなわち、天然物を模倣しつつ、骨格と立体化学の多様性に富んだ分子群を系統的かつ短工程(< 5-7工程)で構築するプロセスを開発するものです。このアプローチでは、有機合成化学を駆使して天然物生合成の枠組みを超えた構造特性を持つ低分子群を自在かつ迅速に供給できるので、生理活性低分子群の創製に向け、天然物の探索研究と相補的で強力な新手法を提供できると期待しています。

細胞機能を制御する低分子の創製:ポストゲノム時代の新資源!?

合成した低分子群を細胞や生体に直接投与して、興味深い表現型を誘導する化合物を天然物類似合成低分子ライブラリーの中から探索しています。表現型の違いやin vitroアッセイ結果を総合的に解析し、所望の(或いは意外な)生理活性の獲得に重要な低分子リガンドの三次元構造要素を有機化学の精度で把握したいと考えています。天然物の優れた分子特性に学び、化学的な洞察に立脚した独自のアプローチで、細胞機能を変調・制御する低分子の創製を目指しています。我が国のお家芸ともいえる有機合成化学・天然物化学を発展的に融合させ、“日本独自の化学生物学研究”を推進する基盤技術の確立に貢献したいと思います。近い将来、医薬・農薬の開発に直結するリード化合物を発掘し、ポストゲノム時代の新資源をもたらすような基礎研究へ発展させていきたいところです。

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