要素還元主義への挑戦!-新しい科学的方法論の確立に挑む-

先端生命科学研究院 芳賀永

先端生命科学研究院 教授芳賀 永 HAGA Hisashi

プロフィール

1989 年に北海道大学理学部を卒業。民間企業勤務を経て、1995 年北海道大学大学院理学研究科博士後期課程を修了し、同年、マサチューセッツ工科大学(米国)博士研究員として渡米。1997 年に北海道大学大学院理学研究科 助手として帰国し、2002 年に同大学大学院理学研究科生物科学専攻 助教授、2013 年より現職。

物理学ならではの視点!
生物学の研究方法を捉え直す芳賀先生の挑戦

物理学出身の芳賀先生が生物学の研究を始めて20年近くになります。先生が今疑問に思っているのは、元々物理学の手法であった「要素還元主義」が、果たして生物学の研究手法として、本当に適しているかということ。そんな疑問から始まった今回の研究について、お話を伺ってきました。

「生きている」って、結局どういうことなんだろう


研究室の薬品庫。細胞培養に使う試薬でいっぱいです。

私が生物学の分野に入ってから、もう20 年近く経ち、現在は細胞生物学という生物学のトレンドの中でも最先端の分野で研究をしています。ですが、ずっと心の中でモヤモヤと渦巻いているのが、「自分は本当に生物を研究しているんだろうか」という想いです。私の研究者人生は実は物理学からスタートしています。物理学の世界は例えば、結晶の分子から、原子、電子、素粒子へと細かいパーツに分けていって、そこから法則性を見出すというやり方をしています。これは「要素還元主義」といって、対象をバラバラにしていって、パーツひとつひとつを調べて法則を積み上げて、全体を説明していくやり方です。生物学でも物理学で培ってきた方法をそのまま使っています。細胞を研究するときも物理学のように染色体、DNA、遺伝子と細かく見ていって生物というものを理解しようとしている。

確かにそれは素晴らしいやり方なのですが、その方法では生物の「生きている」という状態は認識できていないと思っています。生物の構成要素である「物質」は細かく調べることはできますが、結局生物の物質的側面しか見えてこないんです。そうじゃなくて、命あるものを理解するための方法が必ずあるはずだと私は思っていて。そこを確立することができれば、「生命って何だろうか」とか、「生きているってどういうことなんだろうか」という疑問にも答えられると思います。

バラバラにしても見えてこない謎とは?

分子生物学という分野では、この「要素還元主義」に則って対象をバラバラにして研究してきました。しかし、それだけではどうしても説明がつかないこともあります。私の研究室では細胞の動きや形の仕組みを解き明かす研究をしています。例えば猫とか牛とか、シルエットを見ただけでどんな動物かわかりますよね。これらの生物は多数の細胞の集まりなんですけど、ではどうやって細胞が集まって形を作っているのか、その原理が解明されていないのです。

例えば、肺の細胞をただ培養しても肺の形にはなりません。その細胞を取り巻く環境や、周囲の細胞との関係性が、生物の形成につながっていると考えられています。そこで、中身を深く掘り下げる要素還元主義だけではなく、その周囲の環境を含めて丸ごと観察するという手法も積極的に取り入れてみたいと思ったんです。

ても不思議ですよね。その分化していく様子を、すぐに「遺伝子はこうだから」とか、「タンパク質がこれだから」とパーツに分けて考えないで、全体を捉えて観察する手法に挑戦してみたいと思います。

理学の社会貢献は、人の心を豊かにすること

私が学生の時、ある研究室の先生に言われてハッとしたのが、「世の中に自称科学者はいっぱいいるけど、ほとんどの科学者は測定屋と計算屋なんだよな」という言葉でした。すごく胸を打たれましたし、周りを見渡してもそういう研究者は多いなと。でも確かに、自分は自然をこういう風に認識しているという哲学をもって、自身の研究で実証して、社会にフィードバックしていくというのが、本当の科学者のあるべき姿なんじゃないかって、その時思ったんですよ。

自分は今理学部に所属していますけど、理学の存在意義は「人の心を豊かにすること」だと思うんです。何かの役に立つのも大事なんですけど、自然の不思議に出会ってわくわくしたり、謎が解けた瞬間の喜びだったり、そういう人間の心を自由にすることもサイエンスの大事な役割。そして同時に、理学の研究者としての社会貢献に当たると考えています。

パラダイムを変える冒険に向けて


私達の研究室。ここから新しいアイデアが日々生まれています。

「どのような方法論で自然を認識するか」とか「何を前提にしてどう説明するか」ということを、科学用語で「パラダイム」と言います。このパラダイムを疑うということは、科学者にとって非常に危険な行為です。歴史を振り返ると、地動説や、相対性理論、不確定性原理、量子力学など、それまでのパラダイムを疑う人たちは、一旦科学者のコミュニティから外されていく。逆にパラダイムを守っている限りは安泰です。そのため、この研究に取り組むことに自分の中で躊躇もありました。

ただ、自分の研究室を持って3 年が経ち、研究者としていられるのも定年までのあと15 年ほど。やっぱりそこは冒険しなきゃと思っているんです。パラダイムに従って今の研究を続けていけば、論文も出せて仕事もできます。ただ、理学という自身の立場から社会に対してのフィードバックや貢献を考えると、パラダイムを変えることに挑戦しないと本質的に科学は発展しないと思うんです。

科学の歴史はパラダイムを疑って、パラダイムが転換した瞬間に大きく発展してきました。そこに自分がどう貢献できるかわからないですけども、せっかくこのような機会をいただいたので、少なくとも政府から絶対お金が降りないようなことに挑戦していきたいです。ぜひ皆様のお力を頂ければと思います。

先生のプライベート

子どもの頃はどのようなことに興味を持っていましたか?
自然科学全般に興味をもっていました。とくに宇宙に興味があって、夜な夜な望遠鏡で星を覗く「天文少年」でした。
現在の研究室の雰囲気を教えてください。
とても明るい雰囲気です。「Smile and Think Positively !」を研究室のモットーとしています。笑顔と失敗を恐れないポジティブシンキングとフロンティア精神、この2 つを心がけています。
学生や若い研究者を指導する際に何を心がけていますか?
こちらから一方的に実験を指示したり価値観を押し付けたりせず、本人が望む方向に成長できるようサポートすることを心がけています。
休日はどのようにリフレッシュをしていますか?
休日も自宅で仕事をしていることがほとんどです。研究自体が楽しいので、ありがたいことに仕事のストレスは皆無です。強いてあげるとすると、ときどき芝居を観たり、ビートルズ専門のライブバーに行って盛り上がることがリフレッシュのひと時です。