金属と有機物で新物質を作り出す
有機物のツールを使って極微サイズの金属化合物を自在に操る
小西克明(こにしかつあき)
創成研究機構 研究部・流動研究部門 環境系
(在籍期間 平成16年4月〜平成20年3月)
■現在■ 地球環境科学研究院 物質機能科学部門 教授
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いらっしゃいませ。お飲み物は何になさいますか?
ミックスジュースをお願いします。
先生はどのような研究をされているのですか?
小さな金属原子のかたまり(クラスター)の周りを有機物で囲んだ物質を創ろうとしています。有機物というのは、生物の体を作っているタンパク質とかDNAとかと同じ種類の物質です。下の図を見てください。私たちが作り出そうとしている新しい物質のイメージ図です。

この図をみると、有機物化合物という皮の中に、金属のあんこが詰まったお饅頭みたいなイメージが浮かんできたんですが、そんなイメージで合っていますか?
有機物と金属という2つのものが1つの物体の中にパックされているという点では、あんこ入り饅頭という例えは悪くないかもしれません。ただし、私たちが創ろうとしているのは、10億分の1メートル程度の大変小さな饅頭で、しかも、食べる人によって違う色に光る金属が入っているような、これまでに誰も見たことのないような種類の饅頭です。
そんなに小さな饅頭なんですか。お腹はふくれそうにもないですね。小西先生はどうしてそういうものを作ろうとおもわれたのですか?
生物の中にお手本を見つけたからです。葉緑素とかヘモグロビンとかいう名前を聞いたことがありませんか?
理科の授業で聞いたことがあります。葉緑素は、植物が光合成を行うとき関係している物質で、ヘモグロビンは、赤血球の中にあって、酸素を運んでいると習いました。
そのとおりです。葉緑素はクロロフィルともいいます。ヘモグロビンは、ヘムとグロビンという物質が結合してできています。それではクロロフィルと、ヘモグロビンのヘムの部分の分子構造を見てみましょう。
クロロフィルの分子構造
【図・Wikipedia 「葉緑素」及び「ヘム」より引用】
ヘムの分子構造
分子構造の意味はよくわかりませんが、形がなんとなくかっこいいですね。
細かいところは見なくて結構です。図の中の実線や二重線で書かれてあるのは、炭素原子同士の結合です。有機物だと思ってください。注目してほしいのは、クロロフィルの場合は、真ん中にマグネシウム原子(Mg)があって、その周りを有機物が取り囲んでいること。ヘムの場合も、鉄原子(Fe)があって、その周りを有機物が囲んでいることです。
このような物質のことを化学では「錯体(さくたい)」と呼びます。 金属原子の周りを有機物が取り囲んだ錯体は、光を吸収したり、酸素を運搬したりと、生体内でユニークでしかも極めて重要な働きをしています。私は、この錯体の構造とその性質を大変おもしろいと思ったのです。金属のあんこ入り饅頭と似ているでしょう。
葉緑体やヘモグロビンからヒントを得ていらっしゃるのですね。でも、この2つの錯体の中心にある金属原子と、さきほどの図の金属のあんこでは随分量が違っているように見えますが…。
よい所に気がついてくれました。あんことなる金属の量の違いはとても重要です。日常的な感覚では、砂糖1分子と、少しの砂糖と、たくさんの砂糖ではあまり違わないような気がするでしょう。
はい、砂糖は砂糖ですから。
ところが金属では、それが違っていたのです。ナノメートルという大きさの単位があります。1ナノメートルは、10億分の1メートルです。錯体中にあるような一つの金属原子のサイズは、ナノメートルより小さくて、金属原子が数十個から数千個集まると、ナノメートル程度の大きさになります。普段目にする金属の塊はナノメートルより遥かに大きなサイズです。このナノメートル程度の大きさの金属クラスターが興味深い性質を示すのです。

どんな性質でしょう?
例えば金(Au)は、金塊の状態では他の物質との反応性をほとんど示しません。しかし、数十個から数千個の金原子が集まったクラスターの大きさになると、触媒作用が出てくるのです。また色も変わります。金塊状態の金色が、クラスターでは赤になり、原子1個になると、ほとんど色がなくなります。
色も変わるのですか。
この他にも、クラスターサイズになると、蛍光をもつようになる金属化合物などがあります。クラスターが特有の性質を示すのは、クラスター表面に露出する原子の割合が多くなるためと考えられています。ナノメートルサイズの物質を作ったり、操作する技術の事をナノテクノロジーといいます。この技術の発展によって、金属クラスターの新しい性質がわかってきたのです。
金属クラスターがナノサイズで新しい性質を示すから、その性質を活かすために、金属あんこの量をクラスターサイズにまで増やしたのですね。そうすると饅頭の皮も錯体のときよりも大きくするのでしょうか?
大きくするだけでなく、饅頭の皮に当たる有機物に、いろいろな工夫を凝らしています。
皮に工夫を凝らすんですか?

まず大き目の皮を作ることですが、これには超分子化学を利用してやります。超分子化学というのは、分子間に働く弱い力を使って、これまでよりは大き目の分子の集合体を作りだす化学です。これによって、大き目の皮を作って、その中に金属あんこを入れることができます。皮につける工夫については、実際に私たちが創ろうとしているもので説明してみましょう。現在、私たちは、「金属ナノクラスター(Au, Pd)触媒」を作ろうとしています。ポルフィリンという有機物があり、それが6つ集まると、かごのような形を作ることができます。その中には金(Au)またはパラジウム(Pd)の金属クラスターを入れることができます。
この図を見ると、まさにかごの中に金属クラスターが入っている感じですね。
Au(金)またはPd(パラジウム)は、クラスターサイズになると、触媒作用を発揮します。この触媒作用を助けるために周りのポルフィリンは2つのことをします。まず、外側のポルフィリンのかごの網目よりも小さな分子だけが内部のAuまたはPdに達することができます。ポルフィリンの網目はフィルターの役目を果たすわけです。
次にかごの網目の外形が、内部に入ろうとする分子の進入する向きを誘導します。その結果、化学反応が起きている分子の反応部位を安定させることになり、効率的に触媒反応を進ませることができます。つまり、周りのポルフィリンは、金属クラスターによる触媒作用が効率よく行われる環境を作りだしているのです。
なるほど有機物は、金属あんこを単に保護しているだけではないのですね。ところで、最初に、光る金属あんこのお饅頭の話から始まったのですが、あれはどういうお話なのでしょうか?

←CdS(硫化カドミウム)などで作ったクラスター
あぁ、あれは化学センサーを意識して話したんですよ。その紹介もしておきましょう。私たちは、CdS(硫化カドミウム)、ZnSe(セレン化亜鉛)などの物質でクラスターを作りました。このクラスターの特徴は、状況に応じて発光することです。そしてその周りを、特定の物質を捕まえることのできる部位を持った有機物で取り囲みナノ分子を合成しました。

真ん中の赤い球が発光するクラスターです。そのまわりのY字形とT字形が取り囲む有機物です。この有機物は、丸い部分と平らな部分に合う形の分子またはイオンを補足できるように作ります。このナノ分子の外側に緑と青の分子がやってきました。外側の有機物がサイズに合う青い分子または緑の分子を捕まえると、内側のナノ分子の電子状態が変化して、中心のクラスターの発光状態が大きく変わるのです。
具体的には、4級アンモニウムイオンがやってくると、発光強度が増大しました。また、水銀イオン(Hg2+)がやってくると、無色から黄色に着色しました。
つまりこのナノ分子は、2種類のイオンや分子に対して、異なった反応を示すセンサーとして使えるわけです。現在有害物質の調査は、現地で採集したサンプルを研究室に持ち帰って、機器をつかって分析しなければなりません。しかし、この化学センサーが実現されれば、海や川で手軽に色の変化を見て汚染度が測れるようになります。
それは実用的なセンサーになりそうですね。
まだ、感度の問題などいくつか課題もありますが、着実にクリアーしていきたいです。 このようなことが可能になってきたのは、2つの技術的進歩が重なってきたからです。一つは、ナノテクノロジーの進歩です。これによって、金属クラスターを作り、その性質が新たにわかるようになりました。もう一つは有機合成化学の長い年月の蓄積です。これまでは別々の流れの中で進められてきた2つの技術的進歩が、ナノメートルという領域で出会いました。そして、それによって、これまで自然界には存在しなかった新しい物質の形態を作り出せる段階に達したのです。ナノワールドという新しい地平の上で、どんな斬新な物質が作り出せるか、私たちもワクワクしています。
先生が作ろうとしているのは、これまでの科学では作れなかった画期的な物質だったんですね。新しいお饅頭だなんていって失礼しました。新物質が完成してデビューする日を楽しみにしています。今日はどうもありがとうございました。