スピンを使ったエレクトロニクス
半導体へテロ界面場による電子スピン制御技術の確立とスピントロニクス応用
古賀貴亮(こがたかあき)
創成研究機構 研究部・流動研究部門 ナノテクノロジー・材料系
大学院工学研究科 准教授
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いらっしゃいませ。お飲み物は何になさいますか?
アメリカンコーヒーをください。
先生は何の研究をされているのですか?
私は、「スピントロニクス」の研究をしています。その中でも、特に「半導体スピントロニクス」といわれる分野です。
エレクトロニクスなら聞いたことがありますが…。
スピントロニクスは、「スピン」と「エレクトロニクス」を結びつけた造語です。これまでのエレクトロニクスは、電子の流れを制御して大成功を収めました。それが可能だったのは、電子がマイナスの電気を持っているからです。ところが、電子は、マイナスの電気を持っているという性質以外に「スピン」という性質を持っています。
電子のスピンっていうのは、電子がくるくる回っていると思ってよいのでしょうか?

電子のスピンは、大学の理工系で習う量子力学によって、厳密に説明されます。でもその説明はここでは大変なので、 分かりやすい直感的な説明をしますね。電子をボールのような球体の粒子に例えると、「スピン」は、その球体の自転であるとイメージしてよいでしょう。でもその回転の仕方はちょっと変わっていて、電子は、右回りのスピン(自転)か、左回りのスピン(自転)の2通りしか取ることができません。また、その回転数も自由には決められません。
随分決まりごとの多い回転なんですね。スピンによってどういう現象が起こるのでしょうか?

磁石を知っているでしょう。磁石が持つ磁力は、磁石を構成している物質中の電子のスピンの向きが揃うことによって生じます。 電子は、−e(マイナスe)の電荷を持っていますので、電子が自転すると考えると、自転の方向とは逆向きに電流が流れることになります。すると右ねじの法則により、電子の真ん中に磁界が発生します。つまり、電荷を持って自転する電子は、それ自体で小さな磁石になっています。
このような電子のもつ「スピン」の性質を積極的に利用して、従来のエレクロトニクスでは思いも及ばなかった新しい機能を持った電子デバイス(装置)を開発することが、私が目標としているところです。
スピンは磁力の源なのですね。ところで、古賀先生の研究分野は、「半導体スピントロニクス」であるとおっしゃいました。「半導体」や「半導体エレクトロニクス」という言葉も、時々耳にはするのですが、よくわからないのです。
そうですね。私の研究内容を知ってもらうためにも、簡単に紹介しておきましょう。私たちの身の回りの物質には、電気を通す導体と、電気を通さない絶縁体に加えて、その2つの中間の性質を示す半導体があります。シリコンやゲルマニウムが代表例です。純粋な半導体物質は、ほとんど電気を通しませんので、これにわずかな不純物を加えてやります。そうすると、半導体の中にマイナスの電気をもった電子あるいはプラスの電気をもった正孔が入ります。こうするとほどよい電気を通す半導体材料が作れます。これらを原材料として現在の主要な電子部品が作られています。
電気的に使いやすい材料を人工的に作ってやるんですね。
そうです。こうして作った半導体材料の中にある電子の流れを制御してやるのが、半導体エレクトロニクスです。この分野でもっとも重要な電子部品の一つは半導体トランジスタです。トランジスタは聞いたことがあるでしょう。
“トランジスタラジオ”の“トランジスタ”ですね?
そうです。そのトランジスタです。トランジスタは、電流の増幅や、スイッチの機能を持っています。一見単純な機能ですが、この機能を組み合わせることにより集積回路が作られ、コンピューターや携帯電話などの高度で複雑な機能を実現することができます。でもそんなトランジスタの原理は実はとても簡単なのです。

私にもわかるでしょうか?
大丈夫ですよ。これが現在もっともよく利用されているトランジスタの断面図です。半導体の基板の上に、電子を多めに入れたソースとドレインという2つの部分を作ります。ソースは電子の供給源でドレインは電子の吸い込み口になります。そしてソースとドレインの間に、絶縁体を介して金属とつながっているゲートと呼ばれる部分があります。ゲートは門という意味です。
トランジスタの働きの基本は、ソースからドレインに向かって電子を送ることです。こうすることによって、ドレインからソースに向かって電流が流れることになります。しかし、ただソースからドレインに電子を送ろうと電圧をかけても、ソースとドレインの間の半導体基板では電子の通れる道がないので、電流を流すことが出来ません。
そこでゲート電圧をかけてみます。すると、半導体基板の中の電子が絶縁体の下側に集まってきます。これが電子の通路となって、ソースの電子はドレインへと流れることができるのです。さらにゲート電圧を大きくしてやると、よりたくさんの電子が集まってきますから、ソース-ドレイン間の電流も多くなります。つまり、「ゲート電圧によってソース-ドレイン間の電流を止めたり、流したり、大きくしたり、小さくしたりの調節を行うこと」、これがトランジスタの行っている機能なのです。
文字通りゲート電圧をかけると、ソースからドレインへ門が開くというわけですね。
そういうことです。さて、このような半導体素子にスピンの性質に基づいた機能を追加したいと思うと、実は大きな壁にぶち当たります。基本的には、電子は小さな磁石なので、電子のスピンの向きを操作したいと思ったら、大きな磁力をかけてやればできるのです。実際、方位磁針がいつも北を向くのは、磁針の中のスピンが地球という大きな磁石の影響を受けているからです。ところが、今見たような半導体エレクトロニクスの材料や構造には、磁石がうまく入る余地がありません。また、磁力は電子の進路をも変えてしまうという困った性質も持っています。これはローレンツ力と言います。そうすると、例えば、ソースから出てきた電子は、ドレインにまで辿り着かないといった問題も起きてきます。
半導体では磁石でスピンが操作できないのなら、どうしたらよいのでしょう?
私は、スピンを操作するのに、半導体界面とそこに働くRashba効果*1という効果に着目しました。この効果をうまく使うと、磁力を使わずに“ゲート”によって、スピンを回転させることができるのです。この効果を予言したロシアの科学者E.I.Rashbaさんからその名前が取られています。(*1 スピン軌道相互作用の特殊な例です。詳しくは本文末をご参照ください。)
スピンを回転させるというのは、どういうことでしょうか?

スピンを回転させるというのは、スピンの回転軸の向きを変えるということです。スピンには上向きと下向きしかありませんが、回転軸の向きは変えることができます。例えば、回っているコマの回転軸が円を描くように動く状態になることがあります。電子の場合も回転軸と平行でない磁界を受けると、回っているコマと同じような動きで回転軸の向きが変わります。このようにしてスピンの回転軸の向きを変化させることができます。
それでは半導体界面で、どのようにスピンが回転するのでしょうか?

半導体界面には、界面に垂直な電場が発生します(界面電場)。通常、電子は、電場により加速されますが、界面電場によっては、電子は加速されません。これは、水平な地面に静止しているボールが重力によって加速されないのと同じです。ところが、半導体/絶縁体界面上を運動する電子については、その運動と共にスピンが回転することが知られています。例えば、高速で自転するボールを、ゆっくりと水平な地面に転がし、その自転の軸が刻々と変化している様子を想像してください。私は、この現象を積極的に利用して電子のスピン制御を行うことを試みました。Rashba効果は、電場のかかった半導体界面中を動く電子に現れます。
スピン制御の方法をもう少し詳しく教えてください。
肝心なのはゲート電圧によって界面電場の大小コントロールできるということです。つまり、ゲートによってスピン回転の制御ができるということです。外見上は、ソース、ドレイン、ゲートがある、従来のトランジスタに非常によく似た構造を持つ素子(デバイス)を用いるのですが、そこでは、ソース−ドレイン間を流れる電子の“スピン回転”を制御することができます。この効果を応用し、ソースとドレインに強磁性体を用いたスイッチング素子 -スピンFET(Field Effect Transistor)- というトランジスタに似た構造の素子が、米国の科学者であるDatta博士によって提案されています。【スピンFETの詳細については、こちらをご参照ください】
具体的にはどういう研究をすすめているのですか?
いくつかの材料を組み合わせた特殊な半導体を作って、ゲート電圧で制御してやると、理論的には、上向きのスピンと、下向きのスピンを選別できる「スピンフィルター」が作れます。ゲート電圧によって、2種類のスピンが区別できるというのは、画期的なことです。実現まであと少しなのですが、完成すれば、半導体スピントロニクスの基本的技術になることでしょう。
また、スピンに起因した電子波動関数の特殊な性質を利用して、固体ナノ構造中での電子波動関数の干渉効果(スピン干渉)を調べる研究を行っています。例えば、半導体/絶縁体界面上の電子を使って、スピン干渉効果を調べると、その界面でのスピン軌道相互作用についての詳細な情報を得ることができます。
スピントロニクスが応用可能になると、どんな製品が作られるのでしょうか?
半導体スピントロニクスに関しては、現在は応用に向けての基礎的研究を積み重ねている段階なので、具体的な製品開発はまだまだこれからです。しかし、基礎研究が進んでスピンの回転をきちんと制御できるようになれば、電子スピンによるトランジスタが実現できるでしょう。
また、先ほどの「スピン干渉」の実験は、専門用語でいうと、スピンの波動関数の重ね合わせを制御する基礎になります。この技術が発展すると、量子コンピューターの実現に役立ちます。量子コンピューターというのは、現在のデジタルコンピューターでは現実的な時間では解くことができないといわれている素因数分解を、短い時間で解けるといわれている新しいコンピューターです。
実は、半導体スピントロニクスの兄弟分野である金属スピントロニクスという分野では、すでに製品化が行われています。これまでのエレクトロニクスでは実現できなかったような、高密度大容量のハードディスク装置が作られました。最近になってパソコンのハードディスクの容量が飛躍的に増えたのはスピントロニクスのおかげなのです。これから先、スピントロニクスは、大きく飛躍することでしょう。楽しみにしていてください。
半導体スピントロニクスの基礎的研究が進み、スピンの性質を利用した新しい半導体が製品化される日を楽しみに待ちたいと思います。今日は、ありがとうございました。
■ スピン軌道相互作用 Rashba効果とは ■
半導体(図中青色の部分)を薄く引き延ばします。どれぐらい薄くするかというと、電子が縦方向には大きく運動でできないぐらい薄くします。それを別の物質(図中緑色の部分)ではさみます。真ん中の薄い層の中を電子(青い丸)が速度vで動きます。このとき、速度方向に垂直に電場をかけます。図の場合、下から上に向かって電場をかけています。半導体の外から電圧をかけてやればこのようにすることができます。この電圧のことをゲート電圧といいます。
さて、電場が下から上にかかっているということは、上側にマイナスの電気が並んでいて、下側にプラスの電気が並んでいるということを意味します。この状況(図1)を、動いている電子の上に立っているつもりになって考えてみましょう。
電子の上側にはマイナスの電気が左方向に流れていきますから(図2上)、電流は左から右に流れているように見えます(図3上)。一方、下側にはプラスの電気が左方向に流れていきますから(図2下)、電流は左方向に流れています(図3下)。電子にしてみれば、端の見えないコイルの真ん中にいるのと同じ状況です(図4)。それすると、右ねじの法則にしたがって、画面おもてから裏側に向かって磁場ができているように電子は感じます。この磁場が、電子のスピンに影響することをRashba効果と言います。
ここでもっとも重要なことは、電子の運動によって生じる磁場の強さを、半導体にかける電場の強さ(ゲート電圧)によって制御できるということです。これまで電子のスピンは、直接磁場をかけて制御するしかありませんでした。その状況を、電場の強さ(ゲート電圧)によって制御できるようにする。これが私の研究の独創的なアイデアの核心になります。