海の汚染をホヤに聞く
海産動物の遺伝子発現を指標にして海の汚染を診断する
安住 薫(あずみかおる)
創成研究機構 研究部・流動研究部門 環境系
(在籍期間 平成15年12月〜平成20年3月)
大学院薬学研究院 助教
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お飲み物は何がいいでしょうか。
ホヤ茶をお願いします。なければ、緑茶でいいんですけど・・・。
ホヤ茶?聞いたことがありません(笑)。緑茶にしますね。先生はどんな研究をされているんですか?
はい、ホヤという生き物を使って、海中の汚染物質が海の動物に対して、どのような影響を与えるのかを調べる新しい方法の開発をしています。
あのー、ホヤってどんな生き物ですか?
ホヤは、イソギンチャクのように海の岩場などにくっついて生きている海の動物です。分類上では、脊椎動物と無脊椎動物のちょうど分かれ目のところに位置します。卵からかえった直後はおたまじゃくしのような形をしていて、私たちヒトでいうところの将来背骨になる「脊索(せきさく)」を持っています。ところが、岩場などにくっついて、尾の部分が退化すると同時に脊索もなくなってしまいます。この一時期に脊索を持っていることが、生物の進化を調べるのにとても重要とされて、100年ほど前から発生学の研究にホヤは使われてきました。
←カタユウレイボヤ (写真提供:鈴木美穂氏)
これがホヤですか。成長の途中で背骨の元がなくなるなんて、面白い動物ですね。透明できれいですね。
きれいでしょう?地球上には、約2300種のホヤがいると言われています。生物の進化を調べる上でとても重要視されているホヤは、2002年に日米合同ですべてのゲノム解読が終了しました。その時に使われたのが、世界中で研究に使われているカタユウレイボヤだったのです。
ゲノムって何ですか。
遺伝子って知っていますか。
聞いたことはありますけど・・・。
簡単に言うと、遺伝子というのは、体のいろいろな部品を作るたんぱく質の設計図です。そして、ゲノムというのはその遺伝子全部をまとめたもののことを言います。つまり、ゲノムは生き物のからだ全体の設計図ということです。何となくわかりますか。
はい、何となく。
カタユウレイボヤの全ゲノムが解読されたということは、ホヤの遺伝子つまりタンパク質の設計図がわかったということです。そのデータを元に、ホヤのDNAマイクロアレイが作られました。もちろん、そのはたらきまではわからないものも多いのですが、その設計図からホヤの体の中で作り出されるタンパク質の種類はわかるんです。
またまた、不思議な名前が出てきましたね。DNAマイクロアレイって何ですか。
DNAチップとも言われていますが、見た目は顕微鏡観察で使うスライドガラスと同じです。学校の理科の授業で使ったことがあるでしょう。実は、この上に遺伝子の断片が数万個貼り付けてあります。このようなスライドガラスは、よく使われるヒトやマウスごとに市販されています。また、自分で選んだ生き物のDNAを貼り付けてもらうこともできます。これによって、からだの中で作られている1万個以上のたんぱく質の生成量を一度に調べ予測することができるのです。
←遺伝子を貼り付けてあるスライドガラス
具体的にどうやるかというと、調べたい生物のサンプル(組織や細胞)を用意します。ここでは、調べたいサンプルのRNAと、基準となるコントロールサンプルのRNAの2種類を用意します。これらのRNAを逆転写酵素という酵素を使ってcDNA(complementary DNAの略で、逆転写反応によって合成されたDNAを指す)をつくります。そして、サンプルのcDNAには赤色の蛍光標識を、コントロールサンプルのcDNAには、緑色の蛍光標識で色を着けておきます。この2つのcDNAを同じ量だけ混ぜ、ホヤの遺伝子の貼り付いているスライドガラスにまきます。
すると、それぞれの色をつけた2種類のcDNAは、それぞれ同じ遺伝子のDNAのところに集まってくっ付きます。これを、コンピューターで見てみると、遺伝子ごとに赤・緑・黄色に色分けされて見えます。赤色は、赤色のサンプルが緑色のコントロールサンプルに比べて遺伝子量が多いことを現しています。ということは、サンプルの遺伝子が増えたことを意味しています。同様に、緑色は減ったということを、黄色は変化が無いということを現しています。
貼り付けられている遺伝子は位置でそれぞれ何かはわかっているので、どんな遺伝子が変化したかがこの一枚のDNAマイクロアレイで一度にたくさんわかるのです。ただし、この画期的な解析方法も万能ではありません。変化した遺伝子がわかったとしても、そのはたらきがまだわからないものが多いということです。それでも、変化するかどうかはわかりますから、後は変化した遺伝子に絞って調べていけばいいので、ずいぶんスピードは早くなったと思います。
↑マイクロアレイの仕組み
このマイクロアレイと、海中の汚染物質の影響の解析とはどうつながるのですか。
約10年前に、海外のホヤの養殖場で、硬いはずのホヤの皮が柔らかくドロドロになっていくという原因不明の病気が発生しました。私は、現地調査に行ったのですが、この養殖場の近くには造船所がたくさんあり、船底の塗料に使われている有機スズの海中濃度がかなり高いことがわかりました。有機スズは海を汚す化学物質として今では使用が禁止されています。そこで、もしかしたらこれが関係あるのではないかと考えたのです。
ホヤは、海水ごとえさを飲み込みます。すると、えさと一緒に海水中に溶け込んでいる汚染物質も飲み込んで、それが体内にたまっていきます。一般的に、生物では有害なものが体の中に入ってくると、解毒のためのたんぱく質が作られます。その種類と量は、生物の種類によっても汚染物質の種類によっても違います。私は、数万個の遺伝子について一度に調べることができるマイクロアレイを使い、ホヤの遺伝子の変化から海洋汚染の状態を調べることができるかもしれないと思ったのです。
ちょっと大きな話になりますけど、人間が便利さを求めて工場などで様々な製品を作っていくと、その途中でたくさんの汚染物質が作られてしまいます。それらは最後には海に流され溜まっていきます。そうした汚染物質にさらされた海の生物たちに異変が起きてもおかしくはないですよね。海の生物たちの異変は、すなわち海そのものの異変なのです。
なるほど、だからホヤとマイクロアレイを使っているのですね。今はどんなことがわかっているのですか。
私たちは、ホヤの体内にたまった汚染物質の種類によって、解毒のために作り出されるたんぱく質の種類や量が違うことを見つけました。今はいろいろと条件を考えて、その変化を確認しているところです。実際に、有機スズの多い海域にいる野生のホヤのデータと、実験室で有機スズの含まれた海水で一定時間飼育したホヤのデータを比べると、一部似ていることがわかりました。
このことから、有機スズがホヤに対してどのような影響及ぼすかを、予測するシステムができつつあります。様々な条件での解析結果を集めると、その時々の海の汚染状況が判断できますし、汚染が進んだ場合の海の生物たちに及ぼす影響を予測できます。予測できるということは、その対処方法も考えることができるということです。
ホヤを通して、小さなマイクロアレイから海の環境を考えるというとても広がりのあるお話ですね。どうもありがとうございました。
最後に、もう一つだけ聞いてもいいですか。ホヤって食べることができるんですか。
このカタユウレイボヤは食べられませんが、食べることができるホヤがありますよ。マボヤって言って、札幌でもスーパーなどで売られていますね。ちょっと、癖がありますが、生で食べると、海の香りがしておいしいですよ。近くにおいしいホヤを食べさせてくれるお店がありますから、今度一緒に行きましょうか。
いいんですか。では、楽しみにしています。