【流動研究部門】伊藤 悦朗 助教授

伊藤 悦朗 生命系
「記憶」はどこから生まれるのか?
~電子レベルからの脳科学への挑戦~
Memory Traces -approaches from electron to brain-
伊藤 悦朗助教授

元)創成科学研究機構・流動研究部門 生命系

“記憶”、その根源はどこに?

私たちは日常的に“記憶”することを繰り返している。そして今や誰もが、その貯蔵場所が“脳”であることを知っている。しかし、記憶はどのように作られるのであろうか?誰もが一度は不思議に思い、今も多くの研究者たちが魅せられているこのテーマを、私たちは生物学の枠組みを超えて、物理学的な思考も交えながら追いかけている。

 

時代は軟体動物

すべての神経細胞の間には「あみだくじ」があると想像していただきたい。動物は外界からの“刺激”という質問に対して“行動”という形でその答えを表現する。これらの刺激から行動につながる道が脳の中にあり、神経細胞の間のあみだくじを通って導かれる。ある道が強く太く“変化”することで、特定の「刺激→ 行動」という道筋が文字通り通りやすくなる。この変化が“記憶”という現象の一端であると考えられている。

 

ではなぜ、軟体動物なのか?彼らはとても簡単な神経系をもち、その神経細胞はほ乳類などと比べてはるかに大きいため、ある行動に関わる特定の細胞を見つけることができる。私たちもヨーロッパモノアラガイ(図1)という淡水にすむ軟体動物を使って、これまで行動レベルから遺伝子レベルまで一貫した研究を進めてきた。そして今、神経細胞内でおこる遺伝子レベルの変化から、逆にこの生物学的階層性を上に上がる研究を進めることで、“記憶”がどこから生まれてくるのか、その疑問に対する解答に肉迫しようとしている(図2)。

 

量子物理学の世界から

 さらに、私たちは電子状態の計算から分子の動きを予想することで、遺伝子レベルでの変化を引き起こすメカニズムも探っている(図3)。あらゆる生物現象も、全て物質の性質の上に成り立っている。これからの生物学、特に脳という複雑なシステムを理解するための研究分野には、このような複数分野を合わせた新しいストラテジーが必須であろう。また本研究のような、電子・原子・分子といったレベルから遺伝子レベル、さらに細胞レベルから動物の行動まで一連のものにした研究はこれまでになかった。ここから得られる結果は、医学・薬学といった臨床応用にも大きな成果を与えると確信している。“記憶”を作るメカニズムを知ろうという私たちの目標は確実に到達しつつある。