【流動研究部門】石原 孝二 准教授

石原 孝二 広域文化系
技術・リスク・文化価値の現象学
Phenomenology of Technology, Risk, and Cultural Values
石原 孝二准教授

創成科学共同研究機構・流動研究部門 広域文化系

本研究はリスク文化論や科学技術倫理などの視点から科学技術と社会との関係を総体的に考察することを目指しています。現代社会は科学技術に大きく依存していますが、それだけにまた、現代社会では、科学技術の利用の仕方や科学技術のリスクへの対処の仕方が大きな問題になっています。日本では特に過去10年の間に、科学技術に対する意識や規制のあり方が大きく変化してきました。本研究ではこうした状況を踏まえて、日本固有の問題を検討するとともに、科学技術と社会との関係に関する普遍的な問題を考察していくことになります。
具体的には、

  1. 科学技術のリスクに関する比較文化論的・比較制度論的考察
  2. 技術者倫理(工学倫理)に関する現状調査とモデル提示
  3. 科学技術哲学・科学技術倫理の基礎研究

などを行う予定です。さらに、科学技術倫理の研究に関する学内および国内外の研究拠点として、科学技術倫理研究センターを設置することを目指しています。

 

リスク受容の文化依存性と普遍的構造

現代社会はリスク社会として特徴づけられることがあります。しかしながら、人間社会を脅かすリスクが以前の社会に比べて増大したわけではありません。(もちろんこれには異論があり得ると思いますが、ここではそう仮定しておきます。)リスク社会という表現の背景には、自然災害のリスクが相対的に減少し、(自然災害対策を怠るという不作為によるリスクも含めた)人為的なリスクが増大したことがあるように思われます。科学技術の社会への影響力が増した現代社会においては、科学技術をいかに利用し、そのリスクをいかに制御するのか、また、リスクの受容に関する意思決定をいかに行うのかが重要な課題となるのです。日本では特に1995年以降、阪神淡路大震災や、JCOの臨界事故、BSE問題などにより、自然災害への対策や科学技術のリスク管理の必要性が強く意識され、リスクの評価と管理に関する様々な手法が急速に導入されてきました。また最近では特に、リスクコミュニケーションの重要性が指摘されるようになってきています。

1982年にアメリカで出版された『リスクと文化』(Douglas & Wildavsky)は、リスクの捉え方が社会制度や文化に依存していることを示しました。何を「リスク」と考えるのか、どの水準までリスク管理を行うべきなのかに関しては、社会的な状況や人々の意識が大きく影響するのです。また、リスクの評価と管理に関して誰が責任を持つべきなのか、リスク行政のあり方としてどのようなものが望ましいのかに関しても、政治的な風土や経済状況、科学技術に対するイメージといった、社会的・文化論的要素が少なからず影響します。本研究では、遺伝子組み換え技術や原子力発電などの具体的なテーマに関する意識調査や事例研究のほか、欧米やアジア各国の研究者との協力のもと、リスク受容やリスク行政に関する比較研究を行うことなどを通じて、科学技術のリスクに関する比較文化論的・比較制度論的な研究を進めて行きます。また、こうした調査を通じて、科学技術のリスク受容に関する普遍的な構造を明らかにしていくとともに、リスクの評価と管理、リスクコミュニケーションのプロセスにおける倫理的要素の明確化を行っていきます。

 

 

技術者倫理(工学倫理)の展開

上述のように、リスク評価とリスク管理の手法が日本に本格的に導入されたのは、1995年以降ですが、ちょうど同じ時期に、「技術者倫理 (engineering ethics工学倫理)」の考え方が日本に導入されています。この技術者倫理の導入の際に、技術者教育・技術者資格の国際標準化の波が大きく影響したことは否定できません。とはいえ、技術者倫理の導入に向けた内発的な動きがあったことも確かです。その動きは、リスク評価・管理手法の導入の背景となった日本社会の変化とも連動していると私は考えています。本研究ではこのような、技術者倫理の日本への導入過程や現状を調査するとともに、普遍的に通用する技術者倫理のモデルと日本に特有な技術者倫理のモデルとを同時に提示することを目指しています。

技術者を取り巻く状況は、欧米と日本では大きく異なっています。企業への帰属意識が強い日本では、技術者のプロフェッション(専門職としての地位)が確立されていないのではないかという指摘がなされてきました。しかし最近の日本では、技術者や研究者の自律性が高まる方向へと制度的・社会的変化が起こりつつあります。本研究では、こうした状況を踏まえ、日本の実情に即した技術者倫理・研究者倫理のあり方を探るとともに、日本的な技術者倫理が、国際標準の技術者倫理に対してどのような意味を持つのかを探って行きます。

ところでこのような研究は、科学技術と社会との関係全体に対する捉え方をも視野に入れて進める必要があります。そのため、こうした試みにおいては、技術者の行為規範のみを対象とする狭い意味での技術者倫理だけではなく、科学技術と人間社会との関わり方一般に関する「科学技術倫理」の考察が不可欠になってきます。本研究では、技術者倫理を(以下に示すような)科学技術倫理の視点から基礎づけることも目指しています。

 

科学技術哲学・科学技術倫理の基礎研究

上述してきた二つのサブテーマにおいては、具体的な調査が多く含まれることになりますが、本研究では科学技術哲学と科学技術倫理に関する理論的な研究も行う予定です。これらの理論的な研究は、リスクに関する研究と技術者倫理に関する研究相互の連関を明確化し、また、それぞれに理論的な基礎づけを与える役割を果たすものと考えています。

科学技術哲学に関しては、古典的な技術哲学やSTS(科学技術社会論)、社会構築主義、アクター・ネットワーク理論などの理論的蓄積を踏まえながら、科学技術と人間社会との関係に関する哲学的な考察を行っていきます。科学技術倫理に関しては、科学技術の自然環境や人間社会への影響に関する因果性の認定や責任の帰属といった問題を扱うほか、(1でも触れましたが)科学技術政策の決定過程やリスク評価・リスク管理・リスクコミュニケーションのプロセスにおける倫理的要素の明確化を行っていく予定です。

 

科学技術倫理研究センターの設置に向けて

なお上述のような調査研究や研究協力を行っていく拠点として科学技術倫理研究センターの設置を考えています。このセンターがどのような形態になるのかは未定ですが、いずれにせよ、国内外における科学技術倫理研究の拠点として、また、学内での研究・教育における様々な問題に対応できるセンターとして作り上げて行きたいと考えています。

 

フィールドとしての創成科学共同研究機構

最後に、創成科学共同研究機構で本研究を行う意義について触れておきたいと思います。科学技術倫理やリスク論という研究テーマは、従来の研究領域の枠を超えたテーマですので、研究の実施にあたっては、学内外の他の研究者との共同研究や密接な意見交換が必要になってきます。複合領域の研究推進や新領域の創出を理念として掲げる創成科学共同研究機構は、こうした研究を行うのに最適の場所であると考えています。また、本研究を行うには、各種調査や資料分析が必要となってきますが、そうした調査にあたるポスドク研究員やリサーチアシスタントの雇用が(研究費の面からも、制度面からも)容易な本機構は、研究を進めるのに恵まれた環境であると感じています。さらにまた、創成科学共同研究機構は、実は本研究の「研究対象」としても魅力的なものです。新領域の創出や大学の知の社会への還元を目的に掲げる本機構の仕組みや活動は、科学技術と社会との関係を研究対象とする本研究にとって、最良の研究材料を提供してくれるものと考えています。