【流動研究部門】古月 文志 教授

古月 文志 ナノテクノロジー・材料系
カーボンナノチューブの単分散・精密配向
及び産業応用に関する基礎研究
古月 文志教授

元) 創成科学共同研究機構・流動研究部門 ナノテクノロジー・材料系

カーボンナノチューブ(CNT)は飯島澄男博士によって発見されて以来、その興味深い構造と特性から注目を集めている。 CNTは製法の違いにより単層CNT (SWCNT)と多層CNT (MWCNT)に分類されている。SWCNTは一枚のグラフェンシートを円筒状に巻いた構造、一方、MWCNTは複数のチューブが同心円状に重なった構造をしている。CNTの特性として、強度が高いかつ柔軟であること、そして、化学的に安定し、更に、重量に対して表面積の割合が高いことなどが挙げられる。また、そのナノメートル(nm)という非常に細い直径と数10ミクロンにも及ぶ長さの幾何構造にも様々な可能性が秘められている。加えて、原子レベルから見れば、CNTの表面構造は、カーボンファイバーや活性炭の表面構造と本質的に異なり、蜂の巣状の規則正しい六員環ネットワークで形成されているので、芳香環を有する有機物質と強く結合する性質を持っている。さらに、構造の変化によって高電導体から半導体に変化することから電極材料としても高い関心がもたれている。

CNTは、通常、凝集体として存在する。CNTの凝集は、その表面の原子が配位的に不飽和であるため、隣接同士に配位して、ファン・デル・ワールス力による安定化エネルギーを獲得することによって起きる。CNTの構造特徴を最大限に発揮させるためには、まず、互いに 凝集している CNTの塊を1本ずつにほぐす必要がある。言い換えれば、たとえCNTが使われていたとしても、CNTが凝集状態であれば、ナノ構造体としての性質・特性が殆ど現れてこないことになる。 CNTを素材として工業に応用される場合においても、まず、CNTの塊を1本ずつにほぐす処理、つまり、単分散処理を行う必要がある。以下に、筆者らが開発したCNTの単分散処理方法について簡潔に説明する。

 

静電的な引力を利用したCNTの分散技術

CNT、特に単層カーボンナノチューブ(SWCNT)においては、構成原子が全て表面原子であるため、隣接するCNT間のファンデルワールス力による凝集が生じやすく、複数本のCNTから成るバンドル構造が形成されてしまう。この高い凝集性は、CNTの化学的・物理的操作や、CNTの産業への利用において最大の障害となっており、孤立分散したCNTを得るための様々な分散方法が提案されている。例えば、溶液中でCNTを孤立分散する一つの方法としては、まず、超音波処理などの物理的分散処理をする方法が提案されている。例えば、アセトン溶液中にCNTを入れて超音波処理をすることで、CNTがアセトン中に分散する。また、超音波処理に加えて、界面活性剤などの物質を溶媒に加え、これらの物質でCNTを覆うことによってCNTの親溶媒性(特に親水性)を高める方法も提案されている。用いられる物質は多種多様であるが、例えば、CNT凝集体を界面活性剤であるドデシル硫酸ナトリウム(SDS)水溶液中に入れることで、疎水性のCNT表面がSDSの吸着によって親水性が増し、超音波処理による分散がより効率的になることが報告されている。さらに、親溶媒性を高めるだけではなく、同じ極性の電荷を有する分子どうしの斥力を利用して、分散したCNTが凝集しないようにする方法も提案されている。すなわち疎水部と電荷を有する親水部からなるSDSのような分散剤を使用し、分散剤がCNTに吸着することによってCNTの親溶媒性を高めることができる。さらに、分散剤の各分子には同じ電荷を有する親水部が存在するので、CNT全体が負の電荷または正の電荷を帯びるようになり、CNTどうしが反発するようになる。しかしながら、このような分散方法は、CNTの分散に多くの時間を要するという問題がある。その理由の第一は、超音波処理などの物理的分散処理は、CNTの分散過程の間に常に行わなければならないためである。この状況は、界面活性剤などを用いたとしても同じである。すなわち、界面活性剤など親溶媒性を高めるために用いられる物質は、CNTのバンドル構造を分散させるのに単独では十分な力は備えていないといえる。また、同じ極性を有する分子どうしの斥力を利用した方法もさらに超音波による処理が必要であり、これらの分子は積極的にバンドルを分散させるというよりは、分散しているCNTが再び凝集しないように維持しているだけである。第二に、得られた分散溶液には、孤立分散したCNTだけでなく、細い(小さい)CNTバンドルも混ざっており、分離精製が必要である。分散溶液から孤立分散(単分散)したCNTを得るためには、極めて性能の高い遠心分離機が必要であり、その分離には多くの時間を要する。第三に、上記分散処理および分離精製処理は、全てのバンドルが単分散するまで繰り返し行わなければならない。

「化学修飾」と呼ばれている方法も開発されている。これは CNTを適切な方法で切断処理し、切断部位、又は欠陥したサイドウォールの部位に生成したカルボン酸を活性部位として、多彩な化学反応によって様々な官能 基を導入する方法である。一方、化学修飾法はCNTに大きなダメージを与えるため、材料分野におけては、CNTを壊さずに分散させる技術が望まれている。

本研究室では、 1分子中にプラス電荷とマイナス電荷を同時に持っている分子、すなわち、両性イオン分子を分散剤として用い、CNT凝集体の分散を試みたところ、CNT が1本ずつに独立になることが確認された。様々な両性イオン物質,例えば、低分子量の両性イオン界面活性剤、具体例として、3-(N,N-ジメチルステア リルアンモニオ)プロパンスルホネート、または、2-メタクロイルオキシホスホリルコリン(MPC)とn-ブチメタクリレート(BMA)とのコポリマーで 構成されているような高分子様の両性イオンを分散剤として用いCNTの分散処理を行ったところ、どちらの両性イオン物質も、良好な分散効果を示した。

 両性イオンによる CNTの分散機構は以下のように説明されている。正電荷及び負電荷を有する両性イオンは、CNT凝集体の表面上で自己組織化し、両性イオン分子膜 (self-assembled zwitterionic monolayer:以下「SAZM」と略記する)を形成する。CNT凝集体を覆うSAZMは、双極子間の強い静電的相互作用によって、他のCNT凝集体 を覆うSAZMと静電的に結合する傾向がある。この静電的な力によって混合物中の各CNT凝集体が互いに引っ張りあうことにより、CNT凝集体を構成する 各CNTの引き剥がれが起き、新たなCNT凝集体の表面が露出する。新しく露出した表面は、新たにSAZMによって覆われる。以上の反応が、CNT凝集体 を構成するCNTが完全に孤立分散するまで繰り返されるので、最終的にはCNTが完全に分散される。図1は分散原理の模式図を示す。

図2は分散処理した後のSWCNTを原子間力顕微鏡(左)及び透過型電子顕微鏡(右)を用いた観察結果を示す。CNTは完全に1本ずつに分散されているこ とが確認された。また、多層カーボンナノチューブ(MWCNT)の凝集体を分散したところ、この両性イオン分散技術はMWCNT凝集体の分散に対しても極 めて有効であることが分かった。
単分散 CNTを有機/無機マトリックスと融合させ、新しい機能を持つ材料の開発をしている。例えば、単分散CNTを融合させた多孔質体は、ダイオキシンやPCB などのような平面構造を持つ物質を選択的に吸着する性質をもっているため、高性能環境浄化材料としてその産業応用が期待されている。